2014年11月23日日曜日

机の下の戦争

帰宅すると風呂から悲鳴が上がった。口に指を当ててしーっとジェスチャーで伝える。
おそらくいつもの様にお湯が途切れただけだろう。
寄ってきた犬太郎をいなしながらコートを脱ぎ、カバンとカメラと拾ってきたものを部屋におきに行くとドスドスと足音が追ってくるのが聞こえた。慌てて布団に隠す。
ドアが開き、親指で後ろを指さしながら綺羅子が言った。
「お前、ちょっと来い。座れ」
すごすご着いて行き居間のこたつにつくと綺羅子が向かいに座った。犬太郎は僕の背中に尻をくっつけて座っている。
「俺、何回も言ってるよな。変える前に連絡しろって」
「あぁ、うん」
「なんでしなかった?」
「なんか電波が悪くて……」
「だから早めにメールとかでしろって言ってるよな?」
「僕の携帯にそんな機能無いので……」
指が机を叩く速度が上がる。
「俺が渡したやつはどうした?」
「落としたら割れた。画面がデカイのが悪い」
嘘だ。本当は売った。
「てめぇ、マジでどういうっ……誰だお前?」
綺羅子の振り上げた拳はちゃぶ台を痛めつけること無く僕の後ろを指さす事になった。
振り返るとさっき拾ってきた外人の子供が立っていた。
焦った僕が説明するより早くヒステリックに叫ばれ、毎度のごとく僕の体は萎縮してしまった。脊髄反射が恨めしい。
「お前、この部屋の仕組みをいいことに誘拐なんか始めたのか!」
「いや違うんだよ、コイツが鍵持って部屋の前に居たか……「黙れ!」ってぇ!」
言い訳の途中で湯のみを投げつけられる。目の上辺りに当たって痛みでうめき声しか出せない僕を尻目に綺羅子が子供を抱き寄せて玄関に向かっていく。犬太郎だけが心配そうに僕の周りを回っている。
痛すぎて追えないし見えないのでうずくまっていたら一分ほどで戻ってきた。
「事情は大体飲み込めた。コイツは今日から俺らの同居人だ」
「よろしく」
畜生……僕の知らないところで話が進んでいく……っていうかコイツこんな外人チックななりで日本語ペラペラじゃねぇか……。
睨みつけようとしたら頭を踏みつけられた。顔が床にめり込むめり込む。
「お前、コイツ連れてちょっと買い出し行ってこいよ。それでさっきのお湯問題はチャラにしてやる」
「はい、よろこんで」
いくら世帯主の僕でもこうなった綺羅子に対しての拒否権は持ちあわせてはいない。

近くのグルメシティで買い出し中の僕たちはやはり誘拐犯と被害者に見えるのだろうか。兄妹に見えれば余計なイベントが起きずに済むだろうから僕としては助かるのだが。
「悪かったなオッサン。私のせいでそんな顔になっちまって」
「もう良いよ。それより何か苦手なものある?」
ネギ、しそ、玉ねぎ、ひき肉の他にエビを入れるのがうちのやり方だ。前に忘れて帰ったら全員からバッシングを受けたので特に気をつけなければならない。
「いや、何でも食べるよ。紙でも土でもガソリンでもイケる口だ」
「安心したが、それは僕が食べたくない物だから勝手に食べててくれ」
面白いことを言う奴だと思ってしまって悔しい。キョロキョロしながら後ろをチョコチョコ着いてくる感じが犬太郎に近いからかなんだか可愛く思えてきたのもまた悔しい。
「何かお菓子でも買っていく?」
そして、可愛いと思ってほだされて来てる自分が悲しい。
「いらないから早く戻ろう、また何か言われるぞ?」
相変わらずキョロキョロしたまま言った。すぐに浮かれる僕よりもコイツのほうが大人なのかもしれない。

帰り道、一個づつ買い物袋をぶら下げて歩いていると世間話に飽きたのか色々と質問をしてくれた。
例えば、
「オッサンはあの女の人が苦手なのか?」
「オッサンは何をしてる人なんだ?」
「オッサンはあの部屋の鍵をどうやって手に入れた?」
みたいな感じだったが、この後の事を考えて折角だから答えないことにした。
代わりに僕が名前を質問したら渋ったので、見かけだけを理由にロシアンと呼んでもいいか聞くと目を丸くした後一頻り笑って快諾してくれた。


帰宅してロシアン(仮名)に買ってきたものを冷蔵庫にしまって手を洗わせた。
その間に勇者に連絡を入れて色々と頼んでおく。彼はすごく喜んでいるのが電話越しでもわかるので好きだ。
餃子を包むのは初めてだというロシアン(仮名)に日常というかこの部屋での生活のルールを色々教えながら作った餃子を並べていると、ホットプレートを持ってきた綺羅子がそのまま向かいに座って会話に参加してきた。
その際中、きわどい質問があるたびに僕があんまりなぼかし方をして綺羅子に蹴られているのをきっとロシアン(仮名)は知らない。知らないはずだ。
そして、こんなに無様な争いをしていると知られたら大人として恥ずかしいので途中から僕はコタツから撤退した。




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