2015年1月8日木曜日

冬虫夏草

 不思議な面々との共同生活を始めてから数週間が経った。妙なアパートの一室での暮らしは思っていた以上に快適だ。カメラマンのおっさんもキラコも良くしてくれているし、おっさんの飼い犬の犬太郎も可愛かった。犬太郎に関してはこないだ迷子になったきり会えていないのが悲しいけれど。何より生活費がかからないのが嬉しかった。住むところもあるし食事にもありつける。久しぶりの穏やかで安定した生活。だけど問題が一つだけあった。
「金が無い?」
「うん」
家賃はおっさんが払ってくれているし、食費光熱費はキラコとおっさんの折半だ。私の財布と貯金箱からは一円も出していなかった。おっさんの外出に付いて行った時なんかは、私の分の買い物までおっさんが金を出してくれる。それなのに、残金が減っていくのだ。
「それは、お前、たぶん……あのバカが勝手に……いや、そうだ」
その旨をキラコに相談すると、彼女はなんだか言い澱んだ挙句に、ぽん、と膝を打った。
「金が無けりゃ稼ぐしかないよな」
「そうだけど、もう仕事の当てが無くて」
「俺に任せとけ」
「仕事くれるのか?」
思わず目を輝かせてしまう。
「いや、ちげえよ……ていうか俺の斡旋する仕事やりたいのか?」
「どんな仕事なんだ?」
「あー、えっと、うーん」
キラコはまた言い澱む。さっきとは違ってばつの悪そうな感じだ。
「その話は今はいいんだよ」
話を切り上げてキラコが立ち上がり、壁に掛かっていたハンガーから上着を取る。
そのまま玄関へ向かう彼女を追いかけながら、質問する。
「仕事以外で稼ぐのか?盗み?」
「ちげえよ、お前どんな育ちしてんだよ」
かがんで靴を履きながら、こちらを振り返り、彼女は言う。
「手っ取り早く稼ぐっていったら、決まってんだろ」
「?」
「賭けだよ」


 キラコに連れられてやってきたのは大きいスタジアムのような場所だった。
「スポーツ見るのか?」
「賭けだ、っつったろ?競馬だよ」
「競馬?」
「ここが馬券売場な、お前、この中で好きな馬いるか」
彼女の指差す先のモニターと掲示板を見る。そこに並んでいたのは、
「……馬?」
どう見ても、きのこだった。色とりどりのきのこが、モニターの中でうねうねと動き回っている。
よくよく見ると、どれも何かの動物の首から生えているらしく、寄生されている動物も首なしのくせに元気そうに動いていた。
「適当に選べばいいんだよ、なんとなくで良いから、好きなの選べ」
「え、えー……」
競馬は初めてだからどうすればいいのか全くわからない。何よりこんなにエキゾチックなものだとは知らなかった。
ふと巨大な椎茸を首から生やした犬が目に留まる。昨日食べた鍋にも椎茸が入っていた。
「じゃあこいつ。おいしそうだし」
「シイタケコヨーテな。俺はケセランパセランで」


 観客席に座る。競馬場は大入り満員だった。
「なんか飲むか?」
喧騒に負けないようにキラコが声を張り上げる。
「オレンジジュース!100%じゃないやつ!」
「お前結構図々しいよな!」
飲み物を買いに行くキラコを見送ってから、コーストラックのほうへと視線を戻す。
なんだかわくわくしてきた。初めて観る競馬。初めての賭け。周りを見渡すと、みんな新聞やラジオを手に、必死に予想を立てて何かを書き込んでいる。
……キラコが戻ってこない。
結構長い間待っているような気がするのだけど、一向に彼女は姿を見せない。
オレンジジュース売ってなかったのかな?などと思っていると、ついにレースが始まってしまった。
気もそぞろに観戦していると、なんだか馬……馬?きのこ?達の様子がおかしいことに気付いた。
始めは順調に走り出していたのだが、トラックを一周もしないうちに、そのうちの一頭に吸い寄せられるようにして倒れこんでいく。ひどく巨大な白カビみたいなやつの周りに全ての馬が倒れこみ、その巨大な白カビも歩みを止めてしまった。客がざわめく。突如として警報が鳴る。
――競技用として認可されていない菌の使用を確認しました。担当職員は速やかに処分にあたってください――
観客席の最後列の通用口から次々に武装した警備員が飛び出してくる。彼らが手にした銃や火炎放射器を白カビの馬に向けた途端、更に通用口の奥の暗がりから何かが飛び出してきた。大量の白カビ。
抵抗する間もなく警備員たちは白カビの触手に絡め取られていく。
大パニックだった。競馬場一面が白く覆い尽くされそうな中で、悲鳴を上げながら逃げ惑う客が、次々とカビに取り込まれていく。
キラコは。キラコはどこだ。飛びかかってくる触手を避けながらキラコを探す。飲み物を売っているスタンドのあたりまで全力で走る。
スタンドの前で倒れている白い繭から、艶やかな長い髪がはみ出していた。
「……キラコ!」
「……ロシアンか、何やってんだ、早く外に出ろ」
「今助ける!」
急いで駆け寄り繭を引き千切ろうとする。カビの糸は頑丈でびくともしない。ナイフを取り出して切り裂く。切った端から元通りになっていく。
「……くそっ!」
なんだよこれは。どうすればいい。
「もういい、俺は大丈夫だから急いで避難しろ」
「大丈夫なわけない!」
段々と衰弱していくキラコの声に焦りが募る。
近くで何かが動く音が聞こえた。キラコを庇うように身構える。
物音を立てたのは座り込んでいた警備員のようだった。かなり重傷らしく、息も絶え絶えで肩を押さえている。
かすれた息で警備員は話す。
「避難経路は塞がってます、救助が来るのを待ってください」
「救助はいつ来るんだ」
「わかりません」
……業を煮やして叫んでしまう。
「どうすればいいのか教えろ!どうすればこのカビは止まる!」
「無理だ、非合法の菌は培養株と繋がってる間めちゃくちゃに増え続ける」
返事はキラコから来た。
「増殖を早めるために馬の内部に活性プラントが仕込んである。それも含めて違法なんだ。だから繋がってる間はクソみてえに丈夫だよ」
「……はい」
警備員が答える。
「おそらくは粗悪な活性プラントが制御を失ったのでしょう。複数人で十字砲火すれば止められたのですが、その前に」
「このざまだ。なあ?」
「……すみません」
キラコと警備員の会話を聞き終えて立ち上がる。
「わかった」
「え?」
「わかった、って、お前、何する気だよ」
二人に背を向けて競馬場の中央へと向き直る。
「警備員さん、キラコのこと見てて」
走りだす。


 観客席は当たり一面真っ白だった。まるで雪景色だ。
「あ、あったあった」
床に落ちていた火炎放射器と銃とを拾い上げる。そのまま横に飛ぶと、さっきまで居た位置にカビが襲い来る。
走って逃げながらお目当てのものを拾い集めていく。
「こんなもんでいいかな」
観客席を駆け下り、コースへと飛び降りる。白カビの馬へと突進する。
アサルトライフルを構えながら歯噛みする。くそ。良い銃だな。こんなの欲しかったよ。
馬を守るように、四方から触手が飛んでくる。それらを撃ち落とし、転げるように躱しながら馬との距離を詰めていく。
火炎放射器から外しておいた燃料缶を馬に投げつける。すかさず撃ち抜く。爆発。少しだけ馬の表面が露出するが、すぐにカビに覆われてしまう。
だめだ。ここじゃない。
同じ作業を違う方向から何度か繰り返す。そのたび馬の……動物の部分の毛皮が少しだけ見えて、またすぐに覆われる。
何度目かの爆発の直後。焼けて吹き飛んだ毛皮の下に何かの異物を見つけた。粗い縫合の跡を残す肉が再生し、毛皮が戻り、またカビに覆われる。ここだ!
その箇所目掛けて燃料缶を投げる。銃を片手に持ち替えて連射する。爆発。間髪入れずに燃料缶を投げる。目指すのは爆発で削げた肉の空洞。吸い込まれるように缶が入って。肉が閉じていく。フルオート。横から触手が飛んでくる。避ける余裕は無い。そのまま撃ち続ける。馬が内側から鈍く爆発して、自ら築き上げた白い檻の中でぐちゃぐちゃになったのを見届けないうちに、触手に吹っ飛ばされた。


 「いやー、病院食うまいわー」
キラコはベッドの上で上機嫌そうだった。
「全部あっち持ちで食わしてくれてるっていうのを差し引いてもうまいわー」
私はと言えば、正反対に不機嫌そのものだった。
「おっさんの飯のほうがうまい」
「は?何言ってんだ、あいつ殆ど鍋しか作らねえのに」
「鍋でもうまい」
「こないだの餃子なんかカレー入ってたんだぜ、信じられん」
「あれは私が作った」
「……マジ?」
バカみたいな会話をしながら窓の外を見る。白く煌めく粉塵が降ってきているのを見て、一瞬身体が強張る。……なんだ。雪か。
綺麗に折れた足をギプスに固定されて一週間が経った。キラコは特に容態に問題は無いらしい。
問題ないくせに入院しているのは、「俺の身体は商売道具だから、大事を取って」だそうだ。
あの競馬場のオーナーと一方的に話をつけたのもキラコだった。
キラコが自分のボスや客の名前を出して脅していたら、オーナーが真っ青になって、事件の被害者の中でも特に好待遇で入院費用から何から全部出してくれた。おまけに馬までくれた。
「大変だったな、シイタケコヨーテ」
「そいつさぁ、絶対コヨーテじゃないぞ、明らか小さいし」
「キラコうるさい」
「えー」
ベッドの上でシイタケコヨーテを撫でながらため息を吐く。とんだ災難だった。
「やっぱりお金は働いて稼ぐのが一番だ、賭けなんかダメだな」
「盗みよりマシだろ」
「うるさい」
競馬場で私が何をしたのかを、私はキラコに説明していない。キラコも私に聞いてこなかった。
こういうときに根掘り葉掘り聞かないのが、キラコの良いところだなと思う。
「キラコはダメダメだなー、なー、シイコヨ」
「シイコヨって略し方はどうなんだ」
いつになく饒舌なキラコを無視してシイコヨを撫でながら、なんだか既視感を覚える。
「シイコヨ……お前どっかで会ったことある?」
なんだか撫で心地が記憶にあるような気がする。
「そういや犬太郎どこ行ったんだろうな、雷鳴ってた時に出てったきりだろ」
え、いや、そんな。
「どこほっつき歩いてんだろうなー」
シイコヨを持ち上げて顔をじっと見る。もう今は顔じゃなくて椎茸なんだけど。
「お前……もしかして……犬太郎?」

2015年1月5日月曜日

代金未納

下着ドロが出た。
気が付いたらお仕事用の下着が2セット消えていた。
そして、俺は個人的にそういう趣味があるわけでは無いから2セットしか持っていない。
仕方が無いのでアホに買わせに行かせた(あっちの方が段違いで可愛いのだ)ら、とことんアホさを発揮してあっちの憲兵に連行されてきた。

「では……本当に頼まれたものを買っていただけなのですね?」
苦笑いで頷く。憲兵は恐縮しきってアホを離した。
「失礼しました!」
「本当だよ、これ大問題だよ?警察の責任問題ですよ。何の非も無い一般人を首根っこ掴んで連れ回した……いって」
アホの頭をはたく。
「まぁ、大方こっちにも非はあると思いますんで、とりあえず分かっていただけたなら良いです」
にこやかにまとめに入ったら憲兵が無駄な時間を作り始めた。
「立ち入った事をお聞きしますが……お二人はどういったご関係で?」
「てめぇに関係ねーだろ!!いいから謝罪しろ!謝罪!」
よく言った。そして黙れ。アホがニヤニヤしてるのを見て溜息が出た。
見かねて止めに入ろうとしたが何と言えばいいか分からないうちに苦手な相手が来た。
「ちょっと!うちで騒ぎ起こすのやめてよね!」
相変わらずパーマがキツイ。
「お久しぶりです、大家さん!家賃は滞納してませんよね?何も言われること無いですよね?!」
「払ってるから。いきなりそんな確認しなくて良いから」
あ、普通に突っ込んでしまった。
大家が煙草の火を手すりで消して吸い殻を外に投げた。自分ちの上物だからって危機感ねーなこのオバンも。
「滞納はしてないけど良い加減ヒモは卒業しなさいな」
「ヒモじゃねーよ!ぶっ殺す!」
「あらぁこわいわぁ助けておまわりさぁん」
大家が憲兵にしなだれかかる。
憲兵がこっちを向いて心底げんなりして言う。
「あの、部外者がこんなこと言うのもアレですが、もう少し付き合う相手を選んだ方が……」
どれに対して言ってるかわからんが、うるせぇ。
大家がからかうようにモーション付きで突っ込んできた。
「でも、この子が良いんだもんねぇ?」
うるせぇ、死ね。
「あのねぇ、この子夢があるのよ。ね?」
アホに確認するように聞いた。
「……は、はい。有ります夢……頑張ってます毎日本当……」
あ、目逸らした。コイツの優しくされると心を病む癖は治んないんだな、きっと、一生。
まぁ、優しい優しいオバちゃんに嘘ついてるわけだし、それを気に病んでるんだから良心が無いわけじゃないと思おうか。
収集がつかなくなってきた辺りでロシアンが帰ってきたので、後を頼んだ。
着替えて仕事の準備をする。そういえば金曜日か。なんか今更思い出したけどハロウィンフェアだったから着衣メインだし別に何でも良かったな。





2015年1月2日金曜日

オーガニックな休日

近所の畑をぼーっと見ていたら首の無い猫の死体を見つけた。
草刈りついでに首も狩られたらしい。
しゃがんで木の枝でつついていたら後ろから声をかけられた。
「貴方、なんでそれを猫だと思ったの?」
なんでってそりゃ……「形から想像しただけでしょ?」
心を読まれた。と、一瞬思ったが普通みんなそうだろうとも思った。
「じゃあ逆に聞くが他に何の可能性があるんだよ」
いじけたように死体をつつきながら聞いてみた。
「可能性だけなら、なんだってあるわ」
「なんでもねぇ」
立ち上がる。枝を投げてカメラを肩に掛け直す。
「じゃあ実はあれ、君なのかもな」
振り返ると首の無いゴスロリが立っていた。
「あら、知ってたの?」
「あんたが僕に話し掛けるのは用事がある時だけだからな」
首から上がないから美少女に見える。
「しかし人じゃないとは思っていたが化け猫だったのか」
「化け猫じゃないわ。猫に化けてたのよ」
ゴスロリがやれやれといったポーズをした。そして高圧的に僕を指差す。
「首を探して。暇でしょ?」
「首無くても見えてて喋れてるんなら別に良いんじゃないすかね」
「良いわけ無いじゃない」
そのまま指で頬を刺された。
「その方が可愛いよ」
「貴方の特殊な性癖に合わせるメリットが無いわ」
せやな。
でも、そんなこといったら最近なんにも世話にもなってないし返すような恩とかねぇんだよな。
「最近、楽しいでしょう?」
「目が無いのによく分かったな。後輩が出来たんだよ」
「どんじゃらのオールマイティみたいな子で良いでしょう?」
「流石よく知っておいでで」
「あの子が鍵を見つけた場所って野良猫の首なのよ」
あぁ、なる。
「じゃあ後はよろしく、見つけたら部屋まで持ってきて。」



この後、人の畑を数時間荒らした末に猫の首持って歩いてる僕が職質を華麗に三回以下に抑えた話はまた今度。

ハンデ

思い立ったので占い通りを通ってみたら懐かしい奴にあった。
「やぁ、モノクロ野郎」
「よう、カスカメラマン」
見つめあう。
一秒位で二人して吹き出した。
近付いて軽く握手をした。
「元気だったか兄弟」
「まぁ、ボチボチってとこだよ。そっちは?」
「相変わらず死なない体でダラダラやってるよ」
相変わらず自分の仕事を放棄しているようだ。
「天使ってのは楽な仕事だな」
「そうでもないさ。なんせ今となってはどこを見ても観察対象だからな。寄り添う暇もない」
「そうか。これ何色に見える?」
カバンから写真を取り出して見せる。
「うーん暗いからよくわからんがやっぱりモノクロに見えるな」
「まぁ、モノクロだからな!」
「なんだそりゃ」
二人して笑った。


お茶して帰った。