2014年12月5日金曜日

不本意


冬が来た。冬が来ていた。
コートの季節で、缶コーヒーの季節で、こたつの季節で、受験の季節だ。
と、イメージは浮かぶものの寒さには負け、努力にも負け、受験を目前に控えても相変わらず早退してミスドの裏にあるカラオケに入り浸っていた。
「優しい嘘ってどんな嘘?」で始まり、最終的に「変態であろうとしたばかりに姉になってしまった倉田くんの兄に、最近の女子大生は変態が普通みたいな記事を読ませないこと」ということに落ち着いてしまい、嘘と誤魔化しのラインが曖昧になった辺りから、あまりの暗い気分に誰ひとりとしてマイクを持たなくなったのがここ二時間のハイライトだ。
延長の電話が来たが、誰も歌っていないので勿体ぶらずに出ることにした。
外へ出ると12月にもかかわらず雪がチラついている。
「で、これからどうする?なんか食いますか?」
「その前にとら寄んねぇ?」
「なんか買うもんあったっけ?」
「今日、電撃のなんか出てたはず。あとCD見るかな」 
「えーハラ減ったんだけど」
「動いてねぇのに何にカロリー使ったんだよ」
コートの前を締めながら歩く。限られた範囲に生活用品からヤバいブツまであるような街だ。オタグッズも勿論ある。そのうえ平日でも無駄に人が多い。この街の中ならどこへ行くにも手袋もマフラーもいらない。
ふと、気付いて立ち止まる。映画館が口を開いている。
メインの通りにある映画館、三つあるウチの一番小さい箱だ。所謂ミニシアター系。
「なぁ、ここってまだやってたっけ?」
少し先に行っていた二人が戻って来る。
看板を見て珍しく驚いた様子だ。
「マジでか、つーかウェンディーズって復活してたのかよ」
「うわ、マジじゃん。後でチーズ芋食おうぜチーズ芋」
「そういやそうだな。で、チェーンも無いし入れそうだけど何やってんの?」
「確かに。それ大事だわ。ライトノベルの楽しい書き方とかならパス」
階段脇のガラスケースにはポスターは無い。ここから見る限り階段踊り場にも無さそうだ。気になる。
顔を見合わせる。
「見てみようぜ。思い出作りだ!」
「言うと思った」
「金あったかな」
各々財布を取り出しながら決まり切った台詞を吐く。大体の行動はこの三行で実行に移せる。皆さん乗り気なようで嬉しいです。
「時間わかんねーけど、ちょっと自転車停めて来るわ」
「んじゃチケ買っとくわ。金くれ」
1500円受け取って階段を降りる。狭い、暗い、階段のヌメッとした光沢が掃除云々でなく不快なのが良い。
2度折り返してようやく売り場が見えた。
「なんか人居なくね?」
「確かに。何か暗さも前より酷い気がする。電気くらい変えろよ」
ついに下まで着く。チケット売り場はガラスの向こうにシャッターが降りており営業時間外を知らせる札がかかっていた。
「「やってらんねー」」
踵を返す時に何かを踏んだ。
「うわっ」
「どうした?」
「何か踏んだ。ゴキより柔い。ヤモリ…?」
「建物だしイモリじゃね…?エンガチョ」
「踏んだ瞬間すら見てねぇだろ」
恐る恐る足を退かすと指だった。根元からだ。男の指だろうか。
二人とも何も言えなくなって地上まで急ぐ。急いだかいがあり直ぐに日が入るが何かおかしい。シアンがかっている。暗闇で目がやられたか?
外へ出ると世界が一変していた。
全てが青い、人も物もぐんにゃりしている。
「頭がおかしくなりそうだ…」
「そりゃ人の指踏めばそうもなるだろ」
「そうじゃね〜だろ。なんだよこれ」
「あ?今は無事出られて良かったねって場面だろ」
「どこが無事なんだよ!ラノベじゃねぇんだぞ!」
「何いってんすか先輩」
隣のグニャグニャは相変わらず不思議そうな声音だ。
これはアレか。僕が頭おかしくなっただけパターンか。
頭がおかしくなりそうだ……。
「やっと出て来た。で、何やってたの?
バカが増えた。
「普通に閉まってたわ」
「んだよそれ。1500円返せ」
押し付けるようにして返した。
ふと気付く。
自分の手は普通だった。気付き、走る。
ロビーのガラスで自分の姿を見る。普通だ。後ろの世界を見る。普通だ。振り返る。異常だ。
「なるほど」
「何がだよ」
後ろから不平が聞こえた。そりゃそうだ。
「銀行寄ってビック行くわ」
「なんか買うの?」
「ビデオ買いに行く。佐木キャラになるわ」



今僕はビデオキャラになっている。
誠に不本意である。

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